僕は1人暮らしをするのが遅かった。
26歳で、やや給料に余裕が出たタイミングで急に思い立ち、30歳で結婚するまでの概ね4年間くらいを駅前のだだっ広いワンルームで過ごした。
目に映るもの全てに自分の意思だけが介在している空間というのはとても心地良かった。
僕の友達は大体皆30前後で結婚、第一子が出来ているので、当時はまだ皆結構動きやすかった。
毎晩の様に仲間を呼び、宴会をして過ごした(なので貯金はとんと貯まらなかった)。
あの部屋で、BUCK-TICKを狂ったように聴いていた。
あの部屋で、当時2つ掛け持ちしていたバンドの作曲をしていた。
あの部屋で、転職を決意して動き出した。
あの部屋で、妻に結婚を持ちかけた。
こう書いてみるとあの部屋は僕の人生の全ての転機の起こりとなっている気がしてきた。
人生で初めて自分で家賃を払ったあの部屋。
最後の晩、幼馴染たちに引越しを手伝ってもらい、宴会をし、何も無いあの部屋に帰った。
布団はもう新居に送っているから、ヤニ臭いカーテンにくるまって寝た。
ヤニ臭いカーテンは、駅前ならではの電車の音を実は結構遮音してくれていたようで、終電が終わるまで全然眠れなかった。
最後の鍵を右に回す時『嗚呼、いつか走馬灯で見る「自分の家」はこの家なんだろうな』と思った。
しかし、あれから8年弱経ったが、一向に夢にも見ない。
幸い走馬灯を見る危機にも陥っていない。
人の感傷なんてそんなもんである。
今の携帯に唯一残っていた、がらんどうになったあの部屋